外は、海の向こうだけではない【前編】
敷地理、下島礼紗、チーム・チープロと考える、身体のローカリティ
どこに立ち、どの言葉で話すのか

左から:敷地理、下島礼紗、松本奈々子、西本健吾
「外に出る」とは、単に海外で上演することではない。
作品が別の観客に出会い、言葉や身体の読まれ方が変わること。そして、自分が立っていた場所や、共に作ってきた人との距離が、少し違って見え始めること。
『おどりよむ』で継続して扱ってきた「身体のローカリティ」という問いを、今回は敷地理、下島礼紗、チーム・チープロの松本奈々子・西本健吾とともに、「自分のいた文脈の外に出る」経験からたどってみた。
本記事は前後編に分けて掲載する。
前編では、それぞれの現在地から、拠点、制度、コミュニティ、言語の話へ。後編では、作品が別の土地や観客に出会うことで起こる出来事へと、話が進んでいく。
結論を出すためではなく、それぞれがいま見ている景色を並べる時間。話は、肩書きではなく「現在地」を聞くところから始まった。
座談会参加:敷地理、下島礼紗、松本奈々子・西本健吾(チーム・チープロ)
進行・構成・文:呉宮百合香
収録:2025年12月
■ それぞれの現在地から
下島 ここ数年はアジアとの共同制作が多くて、年の半分ぐらいはアジアのどこかにいる状況でした。一方2025年は、アジアを少しはみ出してヨーロッパに関心が向いていて、ドイツなどでリサーチをしながらインプットを増やしていました。
次の構想として、台湾、韓国、ラオス、シンガポール、インドネシアなど、アジア各国からオーディションでダンサーや振付家を集めて、「ダンスカンパニー」を作ろうと考えているところです。アジア圏のアーティストとのコラボレーションはこれまでもやってきたことですが、「アジア」における様々な文脈や人をひとくくりにせず、ありのままのカオスに揉まれたいと思っています。
松本 私は今(2025年12月時点)インドネシアにいて、来週・再来週には西本さんが合流します。
2024年の「HOTPOT 東アジア・ダンスプラットフォーム」で、『京都イマジナリー・ワルツ』という西本さんと2021年に作った作品を発表したのがきっかけで、いろんなところに呼んでもらって旅をしています。
この作品は、ちょうどコロナ禍であまり外国に出ることができない状況のなか創ったものだったのですが、KYOTO EXPERIMENTからの支援や、その後の情勢の変化もあり、次第に海外のプレゼンターに紹介する機会をいただくようになりました。その中で、自分たちの活動を語る言葉を探していっているところです。
もう一つのきっかけは、2023年に台湾のレジデンスプログラム「ADAM Artist Lab」に参加したことです。13人の参加者と、喧嘩と涙とぶつかり合いの1ヶ月。そこで出会ったアンチー・リンとのプロジェクトを、24年から現在に至るまで続けています。
西本さんとのチーム・チープロとしての活動と、実験としての個人プロジェクト、どう並走させるかを今探っている最中です。
西本 チーム・チープロの拠点は東京ですが、KYOTO EXPERIMENTで『京都イマジナリー・ワルツ』と『女人四股ダンス』(2022)という2作品を発表する機会をいただいたことで、東京を離れてリサーチする楽しさを早い段階で経験できました。
一方で、海外上演となると、別の仕事の都合で自分が同行できないこともあります。松本さんが現地で体感して帰ってきたことを、どう聞き、どう共有して次につなげるのか。別の仕事を続けながら作品を創ることも含めて、チープロの体制をどう整え直すかが、最近のテーマになっています。
松本 生活のためというだけではなくて、この仕事ももう一つの仕事も両方やりたい、というのが結構大事なんですよね。
西本 そうです。パフォーミングアーツの場ではあまり言っていないんですが、自分は別の領域の研究の仕事もしていて、それはそれですごく好きで、楽しくて。どっちも好きでやっていたら、どっちも辞めるタイミングがなかったという感じなんです。その両立をどう続けるか、折り合いをどうつけるかは考えています。
呉宮 創作メンバーの間でも、体験を共有できない瞬間は結構ありますよね。現地に行った人と行っていない人で、どう視線を揃えるのか、あるいはあえて揃えないのか。そのギャップをどう使うのか。
西本 限られた予算の中で、どのようなメンバー構成で行くのかという条件の話は、実際難しいですね。快適さや現地でのクリエーションの充実度を考えると、たくさん連れて行きたいですが、それがなかなか叶わない中で、出演者でもある松本さんに負担が偏らない形をどう作るかは、この1年ずっと考えていました。
経験の共有という意味では、下島さんがケダゴロというカンパニーをやりながら、個人名義でも海外で作品を創る時に、その両者をどう位置づけているのかは気になっています。他のメンバーがどう捉えているのかも含めて。
下島 ケダゴロは私にとって、アジトみたいな場所です。ダンスを創る仲間というより、分からなくなったら戻ってくる場所。また、ケダゴロのメンバーは基本的にケダゴロの作品にしか出ないんですよね。それぞれが普段は他の仕事を持っていて、同じように私もひとりで海外やいろんなところを旅してやりたいことをやって、そのうえで「そろそろ集まろうか」と、1年に何本か一緒に作品をつくる。私にとってカンパニーとソロの活動の違いは、そんな位置付けです。
インドネシアでの滞在制作 ©︎チーム・チープロ
■ 拠点、制度、生活の条件
「どこに足場を置くか」は、制作の重心の話であると同時に、滞在資格、助成制度、仕事や生活の組み立て方にまで関わる問題でもある。話はそのまま、拠点の話へと移った。
松本 敷地さんは、学校に行くのがきっかけでベルギーへ移られたんでしたっけ。
敷地 そうです。3年半ぐらいベルギーで活動していたんですが、今はビザが切れてしまって。学生ビザの後、seekingのビザ(卒業後に現地で仕事や活動の継続先を探すための滞在資格)に切り替えて、その後フリーランスのビザで滞在する選択肢もあるにはあるんですが、更新の条件を満たすのがほぼ不可能で。ビザのために別の仕事をするなどの選択肢もありますが、滞在資格にエネルギーを使い続けることに少し疲れてしまったところもあります。
ベルギーに戻ると、また同じように滞在資格の問題を抱えながらやることになるし、でも国を変えてやり直すのもかなり大変で。方向性を変えたほうがいいのかな、とも思い始めています。
フルタイムのアーティストをやるのは結構大変ですし、そもそも自分は、それが制作にとって良いこととは必ずしも思えていないんです。ある意味で社会から切り離された特権的な環境でダンスを作っていく制作モデルは、いま必ずしも目指すべきものではなくなってきている感覚もあります。
呉宮 芸術の制度の中だけで作品を創ることへの違和感はありますよね。劇場があって、学校があって、カンパニーがあって、その中で専業アーティストが活動するというモデル自体、日本を含むアジアではそもそも前提になっていないことも多い。むしろ、他の仕事や生活の場を持っていて、それが制作にも影響していく在り方のほうが、自然なのかもしれないと思います。
下島 ドイツにいる日本人たちも、ビザのためにどこかのカンパニーに所属するのか、所属せずに活動を続ける方法を探すのかで悩んでいると聞きました。もっと翼を広げたいと思っても、滞在資格のためにはどこかに留まらざるを得ない、という難しさがあるようで。
私自身は、海外で活動するうちに、日本のしんどさも改めて気になるようになりました。たとえばドイツでは、ダンサーのギャランティーに最低基準があったり、そもそもの金額が全然違ったりする。もちろんビザの問題もありますし、今はあくまで短期就労でツアーを回っている形ですが、いずれは拠点を海外に移したいとも少し考えているんです。
呉宮 どこに拠点を置くかで、アクセスできる制度や、活動の組み立て方が変わってくるということは、活動場所を考えるときの大きな問題ですよね。
松本 私は日本拠点だな。移動するのは好きですし、日本の制度や政治に思うことがないわけではないんですが。
それでも、日本語の文献が手に入ったり、実際にその場所に行けたり、家族や知り合いがいたりすることが、自分の考える出発点になっている気がします。そのうえで移動して、別の場所のローカルとどう出会っていくのか。そういう創り方が、今の自分にもチープロにも合っているのかなと思っています。
西本 少しずれるかもしれませんが、劇場付きカンパニーが十分な予算のもとで作品を創る制度って、教育制度とも地続きですよね。敷地さんが参加していたP.A.R.T.S.もそうですが、しっかりした機関や制度のなかでプロを育成し、その人たちが様々なサポートを得ながら作品を作っていくシステムがある。
でも日本はそうではなくて、プロとアマチュアの境界がかなりゆるい。良い悪いは別として、チープロは多分、そういう土壌だからできてきたところがあります。専門教育を受けていなくても、独学で作品を作って、オープンコールに出すことができる。面白そうだと思われたら拾ってもらえる。金銭的なサポートの薄さとトレードオフではありますが、そういう余地があったからこそ、自分たちも活動できてきたのだと思います。
呉宮 日本の場合、プロフェッショナルの定義やメインストリームの輪郭がかなり曖昧ですよね。だからこそいろんなものが生まれやすい一方で、生まれたものが伸びていくための制度や回路は弱い。そうした時に、海外をはじめとする異なる文脈との接点が、活動を広げていくための足がかりになることもありうるのかなと思います。

Research view with Shun Ikezoe @WIELS, Brussels 2025. Courtesy of Shikichi Osamu
■ 異なるコミュニティと言語のあいだで
制度や拠点の話から、話題は、移動の中で生まれるネットワークやコミュニティへと移っていった。人はどの場で出会い、どの回路でつながるのか。そして、その先でどの言葉を使い、どの言葉で考えるのか。
呉宮 アジアにはアジアで、アーティスト・コミュニティの互助的な生き延び方があるなと感じています。最近も、台南で会った顔ぶれと10日後にまた横浜で会って、聞けば彼らはその前に、台北やバンコクでも顔を合わせていたそうで、「かなり同じ人たちが回っているな」と感じました。
松本 一方で、台北、台南、横浜で顔を合わせた人たちと、私たちをチェジュに呼んでくれたチャン・グァンリョル(Jang Kwang-ryul)さんのコミュニティは、全然違う気がしました。それで、私が知らないコミュニティもたくさんあるんじゃないかと思うようになって。
西本 チャンさんは「踊る。秋田」ともつながりがありますよね。だから下島さんもよくご存じなんじゃないかと思うんですけど。
下島 韓国は韓国で、いくつかの流れや人脈がかなりはっきり分かれているところがあります。チャンさんがいる側と、また別の側があるというか。知らないうちにその分割の中に入っていたかもしれない、と感じることもありました。
「踊る。秋田」は、良い意味で、そのようなカテゴリーを越境したキュレーションをしていると思います。
呉宮 その立ち位置は面白いですね。大きな機関同士だと、どうしてもどちらの立場を取るかという問題になりやすいですが、インディペンデントの機動力や人間関係で成り立つフェスティバルだからこそ、どちらとも繋がれるんですね。
下島 そうですね。その意味で、「踊る。秋田」や昔の「福岡ダンスフリンジフェスティバル」のような、民間主導のフェスティバルが少なくなってしまったのは、ちょっと残念だなと思っています。
呉宮 敷地さんはヨーロッパを拠点にしながらも、日本での活動も切らずに続けていらっしゃいますよね。
敷地 ヨーロッパで仕事を取るのは結構難しくて、日本からお話をいただいたら、できるだけ受けるようにしているんです。姿勢というより、そういう状況でもあって。結果的に、日本での活動も続いていくという感じですね。
松本さんが言っていた「日本でやりたい」という感覚は、すごく分かります。外国をある種の拠点にして作ろうとすると、その地でのローカリティのなさみたいなものが、逆に自分のローカリティになるところがある。それが肌に合うかどうかは結構大きいと思います。作品の創り方も人それぞれでしょうが、自分の出自につながるものがないなかで創ることになるので、疲れる時は疲れますし、不安にもなります。
西本 敷地さんは、ものを考える時に、母語でクリエーションができないことのストレスはないんですか。
敷地 それはあります。でも、英語とかフランス語を使い続けているうちに、なぜか反比例して日本語力が上がるというのに、なんとなく気づきました。うまくしゃべれない状態が続くので、言葉にならないものが身体の中にたまるというか、発酵していくみたいな感じがあって……。下島さんはどうですか?
下島 逆に私の場合は、皆さんみたいに英語が得意なわけではないので、はっきり言うしかないんですよね。その分、日本人同士で会話する時みたいに「察する」ことをしなくていい楽さがあります。ちょっとすれ違いがあった時も、「あ、ごめん、コミュニケーションが良くなかったね」で済ませられる部分もあって。
たとえば、『黙れ、子宮』で扱っていた「自分に子宮がない」という話も、日本語だと相手に暗く受け取られたくなくて、どうしても言い方を探ってしまうんです。でも英語だと、“I don’t have it.” で終わる。だから逆に、海外のほうが本当のことを喋っているなという時があるかもしれないです。まあ、ずっとその地で暮らしていたら、また別なのかもしれませんが。
▶︎ 【後編に続く:作品は、外で何に出会うのか】
台南での『京都幻想華爾滋(京都イマジナリー・ワルツ)』 ©︎ チーム・チープロ
【座談会】外は、海の向こうだけではない —— 敷地理、下島礼紗、チーム・チープロと考える、身体のローカリティ
【前編】どこに立ち、どの言葉で話すのか
– それぞれの現在地から
– 拠点、制度、生活の条件
– 異なるコミュニティと言語のあいだで
【後編】作品は、外で何に出会うのか
– 海外、とひとくくりにしないこと
– 同じ作品が、別の切実さに触れる
– 説明を超えて起きる、現実との呼応
– 呼ばれた先へ、飛び込んでみる
– 外は、海の向こうだけではない
敷地 理 Shikichi Osamu

when the eyes lick images @Windmill / Seoul, Republic of Korea 2025. Photo by Yeongsu Kim
振付家・ダンサー。コンテンポラリーダンスと現代美術の両分野で劇場や美術館・ギャラリーまたその他の公共空間や野外でパフォーマンスや展示を行う。その作品はしばしば私たちが当たり前のものとして捉える人間の身体そのものに問いを投げかけ、身体の自己所有という概念に挑むところから始まる。匿名化する身体と奇妙な官能的緊張感を帯びた動きを探究し、自他の身体を識別するあらゆる方法をぼかしリミックスすることで、新しい身体観を提示する。横浜ダンスコレクション2020 コンペティションⅠ<若手振付家のための在日フランス大使館賞>受賞。
https://linktr.ee/osamu_shikichi
下島 礼紗 Shimojima Reisa

Photo by Kusamoto Toshie
ケダゴロ主宰・振付家・ダンサー
1992年生、鹿児島県出身。7歳から地元鹿児島でよさこい踊りを中心に活動。桜美林大学在学中に木佐貫邦子にコンテンポラリーダンスを学ぶ。2013年「ケダゴロ」を結成し、以降、全作品の振付・構成・演出を行う。“「ダンス」とは「世の中を解釈する為の一つの手法」である。”という理念の元、国内外で論争を生む作品を発表。近年ではソロ活動も並行して行い、アジアやヨーロッパを中心に海外アーティストとの国際共同制作作品を多数発表。2017年 横浜ダンスコレクション2017 コンペティションⅡ<最優秀新人賞> <タッチポイントアートファウンデーション賞> W受賞。2023年 第17回<日本ダンスフォーラム賞>受賞。
https://www.kedagoro.com/
松本奈々子、西本健吾/チーム・チープロ Matsumoto Nanako, Nishimoto Kengo / team chiipro

パフォーマンス・ユニット。現在は松本奈々子と西本健吾が共同で主宰する。作品ごとに構成するチームによって、身体や身振りの批評性をテーマとした舞台作品の制作を行う。皇居前広場でどう踊るか?を問う『皇居ランニングマン』(2019-2020、ラボ20#22参加)以降、ダンス作品の制作に取り組み、コロナ禍で制作しKYOTO EXPERIMENT 2021 Autumnで発表した『京都イマジナリー・ワルツ』(2021)は、HOTPOT 東アジア・ダンスプラットフォーム他国内外のフェスティバルで再演を重ねている。最新作は、ワンマンソロダンストーナメント『Yokai Bodies Super杯!!!』(2026)。
(活動詳細や個人の活動についてはwebサイトをご参照ください:https://flicker-gastonia-308.notion.site/team-chiipro-ebcd495eb9e84e24b00b6bb820eca4b0)
