外は、海の向こうだけではない【後編】
敷地理、下島礼紗、チーム・チープロと考える、身体のローカリティ
作品は、外で何に出会うのか

前編では、それぞれの現在地から、拠点、制度、コミュニティ、言語の話へと進んだ。
後編では、作品が別の土地や観客に出会う時に何が起こるのかへと、話は移っていく。予想を超えた受容、説明を超えて起きる現実との呼応、そして、呼ばれた先へ飛び込んでみること。
作品を運ぶことだけでは終わらない「外」との関わりが、少しずつ見えてくる。
▶︎ 【前編はこちら:どこに立ち、どの言葉で話すのか】
座談会参加:敷地理、下島礼紗、松本奈々子・西本健吾(チーム・チープロ)
進行・構成・文:呉宮百合香
収録:2025年12月
■ 海外、とひとくくりにしないこと
母語や言語の話を受けて、敷地は、ブリュッセルで見てきたパフォーミングアーツの環境について語り始めた。一口に「海外に出る」といっても、場所が変われば、自分の立場や、そこで向き合うべき歴史や関係性も変わってくる。
敷地 ブリュッセルは、ヨーロッパの中でもパフォーミングアーツがかなり盛んな場所です。そこで何が話題になっていて、何が作品を創る上での最低限の基準になっているのか、そして皆どういうふうに創っているのかを少し見られたのは良かったと思います。
あと、アーティストとして活動する人が使える社会保障的な制度があることも大きいですよね。その制度の中で誰が支えられ、誰がこぼれてしまうのかも含めて、いろいろ考えることがありました。
ただ、日本人である自分が、こうしたヨーロッパの多国籍な環境に身を置くことと、他のアジアの国に行って拠点を作ることは、同じ「海外に出る」でも少し意味が違う気がしていて。そこにはコロニアルな視点の問題も含まれてくる。まだ、まとまった言葉にはなっていないんですけど。
下島 確かに。アジアには、日本が植民地支配をしてきた歴史の痕跡があまりにも大きく残っていて、私もいろいろ経験しました。たとえばオーディションの時に、こちらがやっていたことが軍事訓練を思い起こさせると言って、参加者が途中で出て行ってしまったこともあります。インドネシアでも、虐殺の歴史を描いた絵画が飾られている劇場で踊ったことがありました。
敷地 オーディションをするのは、どういう感じなんですか。新しい人に会えるから、とかでしょうか?

Co-research with Makoto Yamashita @YAUゼニガメ, March 2026. Courtesy of Shikichi Osamu
■ 同じ作品が、別の切実さに触れる
その問いを受けて、下島は韓国でのオーディションの経験を話し始めた。異なる文脈に置かれた時、作品は、当初想定していなかった現実や切実さに触れることがある。
下島 『黙れ、子宮』という作品を上演した時に、「キンタマ隊」というアンサンブルキャストを公募したんです。日本版と韓国版があって、それぞれ女性を対象にオーディションしたのですが、日本版は60人ぐらい、韓国版は200人ぐらいが受けに来ました。
敷地 それって、どういうコンテクストで受けにくるんですか?
下島 女性かどうかはご自身の認識に委ねる形で、ダンス経験も年齢も関係なく募集しました。いわゆる「ダンサー」を集めるオーディションにはしたくなくて、「キンタマ隊」という存在になってみたい人に開きたかったんです。
韓国ではジェンダーをめぐる状況がとても難しい局面にあって、蓋を開けてみると、そこから逸脱したいというような女性たちが、ぶわっと集まってきていました。私でも抱えきれないような問題に直面している人が、最後の砦みたいに受けに来てくれていたんだと思うと……この作品は、そんな重たいものに触れていたのかと、衝撃を受けました。
敷地 舞台に立つことが、ある種の救いになると思って参加してきた、ということですよね。
下島 そうなんです。だから作品の反響も、韓国ではすごく大きかった。
子宮がないことを、同情の目線ではなくエンターテインメントとして見てください、という作品を創りたかったのに、韓国ではより重く「声を上げてくれてありがとう」という受け取られ方になった。そんなつもりでもなかったんですけどね。かなりのギャップで、抱えきれなくなっちゃった感じでした。
オーディションの後も、私の前に列ができて、お悩み相談所みたいになってしまったんです。「いやいや、ごめんなさい、そういう専門じゃないです」という感じでしたけど、プロデューサーが止めるまでは、言えることを言いました。
呉宮 韓国の劇場側も、そこまでは予想していなかったんでしょうか。
下島 していなかったです。オーディションは2日間の予定だったのが、200人の応募があったので、5日間まで延長しました。
「黙れ」というタイトルの言葉も、韓国語にするとかなり強い言葉なんですね。それを国立の舞踊団がタイトルに掲げること自体が結構タブーで、プロデューサーが押して押して、通したんです。批判が集まるんじゃないかと思われていたんですが、結果は逆だったんですよね。その言葉をよくぞ言ってくれた、というふうになった。
敷地 オープンコールの仕方もいいですね。コクリエーションというより、ピンポイントの部分をいろんな人に開いていくというのが。
下島 結構具体的に「キンタマ隊」、金玉になりたい人、だったので(笑)。
KAAT × ケダゴロ × 韓国国立現代舞踊団『黙れ、子宮』 ©︎ Hiroyasu Daido
■ 説明を超えて起きる、現実との呼応
呉宮 チープロが扱うテーマも、女性の身体や、社会・文化の慣習、歴史に関わるものが多いですよね。そうした作品が別の都市や文脈に置かれた時、受け止められ方が変わることはありましたか。
西本 やっぱりブラジルでの『京都イマジナリー・ワルツ』じゃない?
松本 鴨川や芸妓、芸者といった基本的な語彙は、事前にグロッサリーとして配っています。ただ、ブラジルではそれとはまた別に、劇場にも半分踊りに来ているような、観客自身も一緒に参加するような空気がありました。
作品の冒頭に、「私の身体はこちらにあって、皆さんのところから見えていますか」という音声と字幕が出るんですが、その時に頷いたり、「Sim!(はい!)」とレスポンスしてくれたりして。舞台で起きていることを、観客自身もパーソナルに受け取り、客席から表現してくれている感じがあって、私自身すごく楽しくなっちゃいました。
この作品には、接触というテーマがあり、コロナ禍における接触の問題も扱っています。ブラジルでそれぞれが抱えていたパーソナルな記憶や、社会的な経験、傷のようなものとつながったからこそ、作品を一緒に楽しむような空気になったのかもしれません。
一方で台湾では、コロナ対策が徹底されていたこともあり、接触できないという体験はそれほどリアルには響かなかったようです。それよりも、ワルツが明治期に入ってきたことや、その音楽から想起される開放的な性や自由恋愛のイメージに、共鳴していた部分があったように感じました。
最近は、「こう読み取ってほしい」とあまり決めずに作品を持って行って、そこで何が起きるかを待つようになっています。意外な読み取られ方に出会えることが、今は面白いですね。
西本 前々から、キャリアのことも含めて「海外に作品を持っていきたいね」という話は漠然としていました。でも、いざ実際に持っていくとなると、「なんで海外でやるんだっけ」ということがよく分からなくなって。実際にやってみて、いろんなレスポンスを持ち帰れたことで、ようやくその面白さが分かった感じがあります。
ブラジル・サンパウロ劇場入り直後のチームとの接触 ©︎チーム・チープロ
■ 呼ばれた先へ、飛び込んでみる
敷地 自分の場合は、正直、「なぜそこでやるのか」を毎回明確に考えているわけではなくて、呼んでもらったらまずやってみる、というところがあります。もちろんベストは尽くしますし、同じ作品でも、その場所でどう新しく立ち上げるかは考えますけど。
西本 その話ともつながるかもしれませんが、以前、作品を誰に見せるのか、誰に向けて創るのかを、松本さんともよく話していた時期がありました。
でも海外に行くとなると、それをあまり想定できなくなる。誰が見てくれるか分からないけれど行く、という面白さもある一方で、招聘された時に「これは誰に見せたいと思って呼んでいるんだろう」と気になることもあります。作品を創る時に、観客を想定しないで創るのは、僕は少し苦手で。松本さん、実際にツアーに行ってみてどうですか?
松本 最初は悩んでいたんですけど、最近は「行ったら分かる」というマインドになってきました。たとえば台北では、アンチー・リンの関心や実践に近い、先住民文化やクィア文化に関心を持つ人たちが集まっている感じがありました。一方で、これから国際プラットフォームとして育っていこうとしている台南アーツフェスティバルでは、もっとローカルなお客さんや、ダンスを楽しみに来ている学生さんにも出会った。サンパウロでは、ふらっと入ってきたような人もいれば、批評家のような人もいる。
そういう人たちを事前に全部想定することはできないけれど、『京都イマジナリー・ワルツ』は「今そこにいるあなたと踊ります」という作品でもある。だから、準備しすぎると自分も楽しめなくなるというか、あまり想定しすぎないことにしています。
西本 でも、なんで呼ばれたのかは、ちょっと知りたいんですよね。
松本 それはあります。でも、呼んでくれた人を信じるしかないな、という気持ちもあって。メールやZoomでやり取りして、フェスティバルについて調べても、やっぱりインターネットの情報には限界がある。現地の雰囲気や会場の広さ、音の響き、光の漏れ方までは、写真では分からないですよね。読めないことが多いから、行ってから考える、という感じです。
呉宮 下島さんは、そのあたりどうですか? いろいろな場所で上演されてきて、現地に行って初めて分かることも多いと思うのですが。
下島 私も、行く先々で事件が起こるんですよ。
もともとは日本史が好きで、海外なんか絶対行くか、と思っていたんです。日本のことだって一生かかっても知り尽くせないのに、海外に行っている暇はない、というタイプでした。
それが、ヨコハマダンスコレクションのコンペをきっかけに、なぜかハンガリーに呼ばれることになったんです。当時の「コンペティションⅡ」には海外上演につながる賞があったわけでもなかったので、本当に想定外で。評価されたこと自体はもちろん嬉しいんですけど、「最悪、私のプライドどうしましょう、でも行きたい」みたいな気持ち(笑)。
ハンガリーに持って行ったのは、オウム真理教を扱った作品『オムツをはいたサル』でした。「尊師マーチ」という、日本で見たら血の気が引くような音楽が流れる作品なので、どう受け取られるんだろうと思っていたら、現地では爆笑されたんです。オーディエンス賞まで取って、「絶対意味分かってないでしょ」と思いました。
その直後に韓国にも呼ばれたのですが、上演の日が麻原彰晃の死刑執行日だったんです。私自身は、その現実との強い結びつきに大きな重圧を感じながら舞台に上がったのですが、コミックダンスフェスティバル(つまり、お笑いダンスを集めたフェスティバル)での上演だったこともあり、また大爆笑されて。そもそも、この作品を「お笑いダンス」として招聘してくださったこと自体が興味深いというか……お隣の韓国でさえもこんなに受け取られ方が違うのか、と感じました。
そこから少しずつ、外の世界を知るほうが、島国である日本のことを知れるかもしれないと思うようになりました。
香港やドイツでは、裸で踊ることをめぐって現地のダンサーとかなりやり合いました。相手にとっては、脱ぐことが抑圧に対する抵抗のアジテーションだったり、表現の強度だったりする。でもこちらとしては、「いや、そんな簡単に脱ぐことを正義にされても困る」という違和感や嫌悪感もあって、そのまま受け入れることはできなかったんです。その結果、「あなたたちにも、絶対にできないことがあるでしょう」と踏み絵の話まで持ち出して、かなり喧嘩になりました。
インドネシアでは、開演が遅れるのも、車でシートベルトをしないのも、最後は「神様が決めること」になる。行く先々で、日本で当たり前だと思っていたことが、ことごとく当たり前ではなくなるんです。
ドイツで、ウクライナから逃げてきた家族に助けてもらったこともあります。自転車の空気を入れられなくて困っていたら、声をかけてくれて。お礼を渡そうとしたら、「同じ外国人同士でしょ」と言われたんです。来た状況は全然違うけれど、ドイツにいる外国人としてはみんな困っている人だから、と。
そういう経験をすると、日本がどれだけ島国で、外とのあいだにある種の壁を持っているのかも感じます。

ドイツのカンパニー〈bodytalk〉と下島礼紗の共同制作『Westfalen Side Story』 ©︎ Meike Reiners
■ 外は、海の向こうだけではない
話の終盤、「外」は、どこか遠くにある場所ではなくなっていった。
作品を発表しに行く先としての外。作品を作る過程で触れてしまう外。自分たちの足場を照らし返す外。
話は、いくつもの「外」へと開かれていった。
松本 結果的にいろいろな場所に行くことになっていますが、『京都イマジナリー・ワルツ』を創り始めた頃から、私と西本さんは「東アジア」ということをよく話していた気がします。それは、東アジアで作品を上演したいというより、ワルツが日本に入ってきたことを考える時に、日本からワルツを持ち込んだ東アジア諸地域との関係を絶対に考えたかったからだったと思います。
発表する場としての「外」もあるけれど、制作過程で出会う「外」もある。京都という外、ワルツという外、東アジアという内でもあり外でもある場所。外との接触には、その二つがあるような気がしています。
西本 近代化と植民地の話が、やっぱりワルツにはずっと関わってくるからですよね。東アジアという場所とのつながりや重なり、同時に対立も含めて考えたい。アジアに閉じたいということではなく、問いがそこにあるという感じがします。
そしてローカリティって、すごくいい言葉だなと思っていて。どうしたって自分たちは、良し悪しではなく、ある程度ローカリティに規定されている。そのことをどう見つめ直したり、捉え直したり、創り変えたり、挑発的に扱ったりするのか。そのためには、ある程度その場所に根ざしていることと、そこから少しずれる場所に行くことの往復が必要な感じがします。松本さんが、拠点は日本がいいけれど海外を旅するのが好きだと言っていた感覚も、そこにある気がします。
松本 サバイバル術として移動することが、キャリアの中である程度必要になってくるというのはあると思うんですよ。でも同時に、難民など、移動しないと本当に生活が成り立たない人たちもいる。そういうことも、少し考えたりします。
敷地 ローカリティの話は私も興味があります。ブリュッセルにいた時も、どうやってローカルのアーティストになるかは、ひとつの課題でした。
この座談会のような場も大事だなと思います。名前は知っているけれど、何をやっているかは意外と分からない。でも話を聞くと、すごくいい活動をしているなと思ったりする。ブリュッセルは狭いので、仲のいい友達というほどではなくても、ゆるいつながりとしてのコレクティブのようなものがあります。スタジオをシェアしたり、困った時に助け合ったりする。移動する人も多いから、家を貸すのを手伝ったり、家を見つけるのを手伝ったり。知り合いや友達じゃなくても、「知っているから手伝ってあげる」みたいなことが結構あるんです。
そういうDIY的な生活ベースの支え合いは、日本のパフォーミングアーツにももっとあっていいんじゃないかと思います。自分が自分が、となるのも悪いことではないけれど、他の世代も含めて、お互いを支え合うような関係があるといいなと。
下島 今、SPACとの共同制作で取り組んでいるプロジェクトで、袴田巌さんのことを取材しています。冤罪によって48年ものあいだ刑務所や拘置所に拘束されていた方なんですが、関係者や支援者の方々にお話を伺うなかで、同じ日本の出来事でありながら、こんなにも知らない日本の側面があるのかと衝撃を受けました。「外」とは、地理的に海を渡ることだけではなく、自らの意識から切り離されている場所や物事の全てに言えるのではないか、外と内の考え方は、もっと他にもあるのかもしれないと、最近思っています。
もうひとつ、作品を移動させること自体の話でいうと、ケダゴロ『代が君・ベロベロ・ケルベロス』の国外公演を控えていまして、装置として人間用の回し車が3台必要なんです。これが輸送の問題で、だいぶ大変な事態になっていて。日本で作って船で運ぶのも大変だし、向こうで捨ててくれば輸入品にはならないけれど、捨てなければ関税がかかるかもしれない。つまり、作品をそのまま持っていくことができないんですよね。
でも、そういうトラブルも、作品を改めて考える、再構築するきっかけになる。たとえば回し車が映像になるかもしれない。そういう文化的ハプニングも含めて、作品が進化していくきっかけになるので、ありがたいなと思っています。

別の土地へ移動すること。別の現実に触れること。自分の足場が揺らぐこと。
そのたびに、制度や言語、身体の読まれ方、生活の条件が、作品や活動のあり方に入り込んでくる。
時に珍道中に見舞われながら、それでも考え、創り続ける。語られた言葉の端々には、そのしぶとさとしなやかさが息づいていた。
【座談会】外は、海の向こうだけではない —— 敷地理、下島礼紗、チーム・チープロと考える、身体のローカリティ
【前編】どこに立ち、どの言葉で話すのか
– それぞれの現在地から
– 拠点、制度、生活の条件
– 異なるコミュニティと言語のあいだで
【後編】作品は、外で何に出会うのか
– 海外、とひとくくりにしないこと
– 同じ作品が、別の切実さに触れる
– 説明を超えて起きる、現実との呼応
– 呼ばれた先へ、飛び込んでみる
– 外は、海の向こうだけではない
敷地 理 Shikichi Osamu

when the eyes lick images @Windmill / Seoul, Republic of Korea 2025. Photo by Yeongsu Kim
振付家・ダンサー。コンテンポラリーダンスと現代美術の両分野で劇場や美術館・ギャラリーまたその他の公共空間や野外でパフォーマンスや展示を行う。その作品はしばしば私たちが当たり前のものとして捉える人間の身体そのものに問いを投げかけ、身体の自己所有という概念に挑むところから始まる。匿名化する身体と奇妙な官能的緊張感を帯びた動きを探究し、自他の身体を識別するあらゆる方法をぼかしリミックスすることで、新しい身体観を提示する。横浜ダンスコレクション2020 コンペティションⅠ<若手振付家のための在日フランス大使館賞>受賞。
https://linktr.ee/osamu_shikichi
下島 礼紗 Shimojima Reisa

Photo by Kusamoto Toshie
ケダゴロ主宰・振付家・ダンサー
1992年生、鹿児島県出身。7歳から地元鹿児島でよさこい踊りを中心に活動。桜美林大学在学中に木佐貫邦子にコンテンポラリーダンスを学ぶ。2013年「ケダゴロ」を結成し、以降、全作品の振付・構成・演出を行う。“「ダンス」とは「世の中を解釈する為の一つの手法」である。”という理念の元、国内外で論争を生む作品を発表。近年ではソロ活動も並行して行い、アジアやヨーロッパを中心に海外アーティストとの国際共同制作作品を多数発表。2017年 横浜ダンスコレクション2017 コンペティションⅡ<最優秀新人賞> <タッチポイントアートファウンデーション賞> W受賞。2023年 第17回<日本ダンスフォーラム賞>受賞。
https://www.kedagoro.com/
松本奈々子、西本健吾/チーム・チープロ Matsumoto Nanako, Nishimoto Kengo / team chiipro

パフォーマンス・ユニット。現在は松本奈々子と西本健吾が共同で主宰する。作品ごとに構成するチームによって、身体や身振りの批評性をテーマとした舞台作品の制作を行う。皇居前広場でどう踊るか?を問う『皇居ランニングマン』(2019-2020、ラボ20#22参加)以降、ダンス作品の制作に取り組み、コロナ禍で制作しKYOTO EXPERIMENT 2021 Autumnで発表した『京都イマジナリー・ワルツ』(2021)は、HOTPOT 東アジア・ダンスプラットフォーム他国内外のフェスティバルで再演を重ねている。最新作は、ワンマンソロダンストーナメント『Yokai Bodies Super杯!!!』(2026)。
(活動詳細や個人の活動についてはwebサイトをご参照ください:https://flicker-gastonia-308.notion.site/team-chiipro-ebcd495eb9e84e24b00b6bb820eca4b0)
